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      <title>GAUCHO COLUMN</title>
      <link>http://gselect.jp/history/</link>
      <description>　過去のコラムログ　2000年〜2009年</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Sun, 31 May 2009 11:52:16 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>５つの波</title>
         <description>NHK BSで、フランスの経済学者ジャック・アタリのインタビュー番組
「世界を襲う5つの波」を再放送していた。詳細に関しては、下記ブログサイト

ジャック・アタリ緊急インタビュー第2回「世界を襲う5つの波」
http://d.hatena.ne.jp/honduras/20090505

にて、くわしく説明されてますが、５つの波というのは、

第1の波　　アメリカ支配の崩壊
第2の波　　多極化秩序
第3の波　　グローバルなルールと統治
第4の波　　超紛争
第5の波　　超民主主義

という段階でこれからの世界が進んでいくという予測で、最悪のシナリオを避けるためにも、「利他主義」という考え方が重要になるとジャック・アタリは警鐘している。真の賢さは、他人を愛する心であり、そうした「博愛精神による価値観の変化」は教育により実現可能だ、とも予測している。

また、超民主主義の段階になって起こる変化として、通常のサービス業に従事している人のように、「他人に満足を与えなければ自分の存在が危うくなる」との考え方に人々が気づきはじめたとき、真に反映し継続していくビジネスが構築されていく、という予測はある種、納得できるような気がする。

いずれにしても、現在は、第1の波　アメリカ支配の崩壊　が進行している状態であり、それが今後どう変化していくかは、人間の行動と価値観の変化次第だと予測している。


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         <category>06-社会学</category>
         <pubDate>Sun, 31 May 2009 11:52:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>３つの脅威</title>
         <description>ここ数ケ月のテレビのニュースを傍観者的に見ていて感じるのは、
今、社会を脅かしている大きな脅威がいくつかあることがわかる。
時系列的に３つだけ列記すると、

１．金融破綻による経済崩壊、大失業時代の到来
２．新型インフルエンザによるパンデミックの恐怖
３．北朝鮮のミサイル・核兵器の脅威

どの脅威も、それが起こった時期には、マスコミが競争のように報道し、また別の事件が起きると、前のニュースを忘れたかのように新しい脅威について報道する、この繰り返しが今のマスメディアの姿だと思う。その時期その時期に話題になる事件をとりあげるのが、マスメディアの仕事だから、それはそれでいいんですが、どの問題も一向に解決していないまま、次の新しいニュースを提供されると、以前の問題はすでに解決してしまったような錯覚におちいることがある。目の前の報道だけに意識を奪われ、重大な出来事なのにその重要性に麻痺して忘れしまうような状態だ。

どの問題も深刻なもので、誰しも何がしかの影響を受けているはず。景気低迷や失業問題は、我々の仕事や生活に密接に関係しているし、新型インフルエンザの経済的影響や混乱も身近なもの。また日本海の近くに住んでいる山陰の住人は、北朝鮮とも位置的にかなり近いわけで、いつ狂った国家が核兵器を積んだミサイルのボタンを押して日本海近辺に発射するとも限らない。ちょっと深く考えてみると、本当に深刻な社会情勢の中、暮らしていることになる。

もちろん、もっと悲惨な環境で暮らしている人たちもいる。
食料がなく餓死していく人たち、戦場で武器を手にする子供たち、生活のため身を売って暮らしている少女たち。言い出したらキリがないし、この世の中は何て不条理なのだと思う。

しかし、現実を直視すればすれほど、精神的にはつらくなる。
だからこそ、頭の中ではわかっている社会の不条理も見て見ぬふりをして、淡々と生活していくしかない。それが現実を生きるということなのかもしれない。

ただ、我々が直面しているいくつかの脅威や社会の不条理は頭の片隅に常に置いておかないといけないと思う。何ひとつ解決してないわけだから。

めずらしくまじめなこと書いてますが、次から次に起こるそういった世の中の多くの出来事に麻痺しそうになる自分に対して戒めて書いているのだと思う。

次に来そうな脅威は、

■関東地区で起こる直下型地震の脅威
■火山の大規模爆発
■サイバーテロによるITシステムの崩壊
■生物兵器によるバイオテロの脅威

映画やドラマじゃないけど、
いつどこで何が起こっても不思議がない現実的で深刻な脅威だと思う。
自然の脅威はともかく、人間の起こす脅威だけはなんとか避けたいものだ。

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         <link>http://gselect.jp/history/2009/05/090529.html</link>
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         <category>06-社会学</category>
         <pubDate>Fri, 29 May 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>麻生久美子「笑っていいとも」</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://image-search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&amp;fr=top_ga1_sa&amp;p=%E9%BA%BB%E7%94%9F%E4%B9%85%E7%BE%8E%E5%AD%90" target="_blank"><img src="http://gaucho.img.jugem.jp/20090513_666417.jpg" alt="麻生久美子" class="pict" height="277" width="350"></a>

明日(5/14)、「笑っていいとも」のテレホンに<a href="http://www.breathinc.com/artist/f_kumiko-aso.html">麻生久美子</a>が登場するらしい。
4月27日の「<a href="http://blog.zige.jp/slowbreth/kiji/16981.html" target="_top">情熱大陸</a>」以来のテレビ出演だと思うが、なかなかバラエティに登場しない麻生さんが生放送のトークコーナーに出演するのは、わたしの記憶でははじめてではないかと思う。

最近、出演映画の公開も増えているとはいえ、ここ最近のテレビ露出は、ドラマ「時効警察」以来かなという感じがする。楽しみである。

<a href="http://blog.zige.jp/slowbreth/kiji/16981.html" target="_top">麻生久美子・情熱大陸</a>
<a href="http://www.youtube.com/view_play_list?p=F7883902A44576F4" target="_blank">麻生久美子・関連動画</a>
<br>
<a href="http://www.oto-na-ri.com/index.html" target="_blank"><img src="http://gaucho.img.jugem.jp/20090513_666419.jpg" alt="おと・な・り" class="pict" height="209" width="360"></a>
<a href="http://www.oto-na-ri.com/index.html" target="_blank">映画「おと・な・り」公式サイト</a>

<a href="http://blog.zige.jp/slowbreth/kiji/17204.html"><img src="http://gaucho.img.jugem.jp/20090513_666420.jpg" alt="インスタント沼" class="pict" height="218" width="360"></a>

<a href="http://instant-numa.jp/" target="_blank">映画「インスタント沼」公式サイト</a><br>]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2009/05/090513.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2009/05/090513.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Wed, 13 May 2009 12:24:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>深津絵里「女の子ものがたり」</title>
         <description><![CDATA[人気漫画家・西原理恵子の自伝的マンガ「女の子ものがたり」を深津絵里が演じた作品。コメディからシリアスまで、演じ分けることができる深津絵里の女優としての幅の広さは、多分、ここ数年で日本を代表する最高峰の女優にまで評価は高まっていると思う。久々の主演映画で本人もかなり気合いいれて演じてくれていると思う。

映画「<a href="http://onnanoko-story.jp/" target="_blank">女の子ものがたり</a>」は、ちょっとダサい売れない漫画家という設定で、かなり笑わせた上で感動させてくれることでしょう。

<a href="http://onnanoko-story.jp/" target="_blank"><img src="http://fukatsu.spiritualwaves.net/images/onnanoko360-01.jpg" width="360" height="239" alt="女の子ものがたり" class="pict" /></a>
女の子ものがたり
<a href="http://onnanoko-story.jp/" target="_blank">http://onnanoko-story.jp/</a>

<img src="http://fukatsu.spiritualwaves.net/images/onnanoko360-02.jpg" width="360" height="256" alt="女の子ものがたり" class="pict" />

<img src="http://fukatsu.spiritualwaves.net/images/onnanoko360-03.jpg" width="360" height="251" alt="女の子ものがたり" class="pict" />

<a href="http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/topics/20090422et04.htm?from=os2" target="_blank">映画「女の子ものがたり」　深津絵里らが舞台あいさつ</a>

<a href="http://mainichi.jp/enta/mantan/archive/news/2008/12/03/20081202mog00m200034000c.html" target="_blank">深津絵里：ダメ作家に変身
マンガ「女の子ものがたり」が映画化　西原理恵子も特別出演</a>

<a href="http://www.amuse.co.jp/artist/fukatsu_eri/" target="_blank">深津 絵里 - アミューズ オフィシャル ウェブサイト</a>
<a href="http://gselect.com/fukatsu/" target="_blank">深津絵里研究所</a>
<a href="http://image-search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=深津絵里" target="_blank">深津絵里・画像検索</a>]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2009/04/onnanoko-story.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2009/04/onnanoko-story.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Wed, 22 Apr 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人間洞察と感情描写～ポン・ジュノ</title>
         <description><![CDATA[オリジナル記事
<a href="http://www.gselect.com/gauzine/56/index.html#00" target="_blank">http://www.gselect.com/gauzine/56/index.html#001</a>

今回は「ほえる犬は噛まない」「殺人の追憶」の脚本・監督を手掛けた
韓国のポン・ジュノ監督についてご紹介します。

ポン・ジュノ（奉俊昊／Bong Joon-ho）は、1969年韓国生まれで
詳しいプロフィールは下記サイトにあります。
http://www.seochon.net/korean_movie/director/pongjunho.htm
http://www.hoeruinu.com/cast.html


「ほえる犬は噛まない」と「殺人の追憶」の2本の作品を見たのですが
そのセンスと演出力はまさに驚異的でした。
まだ35歳という若さで、すでに熟練した手腕を感じさせます。

日本のアニメ、漫画に関する造詣も深く、作品の中でも随所にその影響が
感じられます。

映画は一言では説明のできない多面性を帯びていて、コメディとシリアスが
ミックスされた独自のテイストを持っています。

「ほえる犬は噛まない」のさりげなく伏線をはった細かくディテールの
積み重ねや「殺人の追憶」の現実にあった未解決連続猟奇殺人事件を
扱う「実話サスペンス」という斬新なアイデアなど。

ある人が「黒沢明の後継者は、韓国に生まれた。」と表現してましたが、
決してオーバーでもないような気がしました。

人間洞察と感情描写においてすでに若き巨匠の領域に達しています。

マーティン・スコセッシや黒沢明のような激しい感情表出も表現できる正統派
監督の流れを持ちながら、新しい感覚もあり、また音楽センスも秀逸です。


以下、作品ごとの関連情報をご紹介しておきます。

───────────────────────────────────
ほえる犬は噛まない（2000）
───────────────────────────────────

連続小犬失踪事件をめぐって展開される、ちょっとシュールで、
ちょっとせつない新感覚ムービー。

■公式サイト　　　　
　http://www.hoeruinu.com/

■ポン・ジュノ監督ティーチ・イン
　http://www.geocities.co.jp/Hollywood/3732/pjh_teach.htm

■個人的レビュー
　http://gaucho.jugem.cc/?eid=72

■主演女優ペ・ドゥナ
　http://www.k-plaza.com/photo/photo_dona001.html

■Amazon DVD
　http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001N1QSQ/

※ほえる犬は噛まない【諺】＝口やかましい者ほど、実行が伴わないの意。

───────────────────────────────────
殺人の追憶（2003）　
───────────────────────────────────

殺人というタイトルがついているわりには、思わず笑ってしまうような
コメディ的要素もあり、刑事モノとしても一流の人間ドラマ。
制作費は約3億で、韓国国内での観客動員は560万人を越える。


■公式サイト
　http://www.cqn.co.jp/mom/

■ポン・ジュノ監督インタビュー　
　http://www.cqn.co.jp/mom/FLASH/CONTENT/dir_top.html

■プロダクションノート
　http://www.cqn.co.jp/mom/FLASH/CONTENT/prod_top.html

■予告編
　http://www.cqn.co.jp/mom/FLASH/CONTENT/trailer_top.html

■キャッチコピー
　おまえが殺ったことを憶えているか？（実在する犯人へのメッセージでもある）

■個人的レビュー
　http://gaucho.jugem.cc/?eid=71

■Amazon DVD
　http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001M3XHY/

───────────────────────────────────
三人三色（2004）
───────────────────────────────────
韓国チョンジュ国際映画祭が、毎年3人の気鋭の監督に制作を依頼する
デジタルムービー・オムニバスの一編。約30分の短編作品。

■予告編
　http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=321305
───────────────────────────────────
韓国ドラマもおもしろいですが、韓国の映画人はもっとスゴイ人がたくさん
隠れているようですね。

]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2004/11/041122.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2004/11/041122.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Mon, 22 Nov 2004 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>会話のコラージュ～リチャード・リンクレイター</title>
         <description>今回は、「ウェイキング・ライフ」「スクール・オブ・ロック」などの作品
を手掛けている、リチャード・リンクレイターについてご紹介します。

■ リチャード・リンクレイターの作品群
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/9328/indie/linklate.html

IMDb | Richard Linklater
http://www.imdb.com/name/nm0000500/

リンクレイターの作品は、特殊なスタイルを持っているため、必ずしも万人に
受けるものではなく、日本では公開されてない作品もいくつかあります。
（「Slacker」「SubUrbia」など）

「Slacker」（1991）# 日本未公開
「バッド・チューニング」（1993）
「恋人までの距離＜ディスタンス＞」（1995）# ベルリン国際映画祭監督賞
「SubUrbia」（1991）# 日本未公開
「ニュートン・ボーイズ」（1998）
「ウェイキング・ライフ」（2001）# NY映画批評家協会最優秀アニメーション賞
「テープ」（2001）# ベネチア国際映画祭幻燈賞
「スクール・オブ・ロック」（2003）
「Before Sunset」（2004）

■ さまざまな表現スタイルと会話の妙
----------------------------------------------------------------------
　
「恋人までの距離＜ディスタンス＞」（1995）
　http://www.geocities.com/Hollywood/Movie/6017/

イーサン・ホークとジュリー・デルピーの会話が延々と続く
「恋人までの距離＜ディスタンス＞」は、旅先で偶然出会った男女のウィーン
での一日を描いた作品ですが、ありがちなラブストーリーとはひと味違った
独特の作品に仕上がっています。

二人の会話はあまりに自然なので、一見即興的な会話のように感じますが、
そのセリフは、シナリオを忠実に再現していったものとのこと。
会話の内容は多岐に渡り、文学的、哲学的テーマから、二人の関係がしだいに
深まっていく様子がドキュメンタリーのように描かれています。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/9328/film/bs.html

こうした会話のおもしろさがリンクレイター作品の大きな魅力になっています。
セリフが多い分、日本語吹替版で見るのもひとつの楽しみ方かと。

# この作品の続編が最新作の「Before Sunset」（2004）
# http://wip.warnerbros.com/beforesunset/
# http://movie.nifty.com/cs/catalog/movie_677/catalog_B00109_1.htm
# 9年後のパリでの再会というお話。
----------------------------------------------------------------------
　
「ウェイキング・ライフ」（2001）
　http://www.foxjapan.com/movies/wakinglife/

この作品の特筆すべき点は、やはりその映像手法かと思います。
実写映像をデジタル処理し、アニメーターのデジタル・ペインティングによって
加工されたアニメーション映像は、常に浮遊感を漂わせながら揺れ続け、
ある種の視覚的ドラッグ効果を生み出しています。

○製作過程のメイキング・ビデオ（4分）
　http://www.foxjapan.com/movies/wakinglife/clips/

さらにストーリー性のない哲学的会話の洪水によって、観客は思考しながらも
ある種の夢の世界のようなトランス状態に身を委ねざるおえない感覚に
引き込まれていきます。

夢か現実か、生か死か、人間の存在とは、時間の意味とは、個人と社会
運命と自由意志の関係は、生まれかわりはあるのか、というような根源的な
疑問と仮説が登場人物の会話の中にランダムにコラージュされていきます。

○レビュー
　http://www.foxjapan.com/movies/wakinglife/column/index_frames.html

　「斬新な映像、マジカルで魅惑的な傑作」
　　　ロジャー・エバート（シカゴ・サンタイムズ誌）

　「革新的で知的、幻覚のような映像世界に酔え」
　　　エンターテインメント・ウィークリー誌

# ベネチア国際映画祭　未来の映画賞、幻燈賞
# 全米映画批評家協会賞　最優秀実験的映画賞など受賞。
----------------------------------------------------------------------
　
「テープ」（2001）2003年7月国内劇場公開
　http://www.mediasuits.co.jp/tape/

麻薬密売人、映画監督、女検事補の3人の男女の心理が複雑にからみあう
モーテルの一室を舞台にした密室会話劇。

久々の再会をした高校の同級生だった3人の間で、過去のある出来事について
の真実がしだいに明らかになっていく…。ミステリアスかつスリリングにその
プロセスが進行する、限定された密室でのワンシチュエーションドラマ。

こういった会話劇は脚本の良さと役者の演技に委ねられる感じがしますが、
その分、低予算でも制作が可能であり、リンクレイターのセリフの力と実験的
精神が存分に発揮された作品と言えます。
SONYのデジタルカメラPD-100PALで撮影され、Final Cut Proにより編集。

○予告編　http://www.mediasuits.co.jp/tape/trailer.html
----------------------------------------------------------------------
　
「スクール・オブ・ロック」（2003）
　http://www.schoolofrock-movie.jp/

この作品の脚本は、本編にも役者として登場しているマイク・ホワイトの手
によるものなので、リンクレイターは職人監督として演出に徹しています。
主演のジャック・ブラックの怪演をうまくコントロールし演出することによって、
ひと味違った学園コメディに仕上げています。5ケ月に及ぶ子役のオーディション
とキャスティングがうまく機能した楽しめる作品。
----------------------------------------------------------------------

■ インディーズ魂としての実験的精神

このようにリンクレイターの作品は、さまざな表現スタイルと独自の実験的精神
が投入された独自のテイストを放っています。

ストーリー性の欠如、一貫性のない会話、とりとめのない展開は、
リンクレイターの個性でもあり、予定調和で仕上げるメジャー作品に対する
ある種のインディーズ作家としての挑戦状のようにも思えます。

ただ「ウェイキング・ライフ」で見せた、全く新しい映像スタイルや
「テープ」のような限定された状況で繰り広げられる心理描写や会話劇は
リンクレイターの映画作りに対するひとつのアイデアの提案でもあり、低予算
でもおもしろくて革新的な作品が創れる可能性を世界の映画界に提示している
ようにも思えます。

独創的で斬新な表現ほど、最初はなかなか理解されにくい傾向はありますが、
脚本家、映像作家としてのリンクレイターの実験はきっと今後も続いていく
ことでしょう。

----------------------------------------------------------------------
■ リチャード・リンクレイター関連サイト
----------------------------------------------------------------------
「ウェイキング・ライフ」（2001）
　http://www.foxjapan.com/movies/wakinglife/
----------------------------------------------------------------------
「テープ」（2001）
　http://www.mediasuits.co.jp/tape/
　http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3322
----------------------------------------------------------------------
「スクール・オブ・ロック」（2003）
　http://www.schoolofrock-movie.jp/
----------------------------------------------------------------------
「Before Sunset」（2004）
　http://wip.warnerbros.com/beforesunset/
----------------------------------------------------------------------</description>
         <link>http://gselect.jp/history/2004/10/041020.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2004/10/041020.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Wed, 20 Oct 2004 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>装飾を排して感情の深層を伝える～ダルデンヌ兄弟</title>
         <description>今回は、ドキュメンタリータッチの独自の作風で世界的に高い評価を得ている
ベルギーのダルデンヌ兄弟についてご紹介します。

■ ダルデンヌ兄弟の作品
　http://www.bitters.co.jp/dardenne/index.html

ダルデンヌ兄弟は、兄のジャン=ピエール・ダルデンヌ（1951年生まれ）と
弟のリュック・ダルデンヌ（1954年生まれ）の兄弟監督コンビです。
日本国内で観れる作品は、

「イゴールの約束」（1996）
「ロゼッタ」（1999）　
「息子のまなざし」（2002）

ですが、それぞれの作品は、
　http://www.bitters.co.jp/dardenne/index.html
に記載されているよう、さまざまな映画賞を受賞してます。

特に「ロゼッタ」は、1999年カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞して、
ダルデンヌ兄弟の名前を世界的なものにしました。
「息子のまなざし」でも、オリヴィエ・グルメが2002年のカンヌで主演男優賞
を受賞したり、ベルギー・アカデミーでは最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞
の三冠に輝いています。


■ ダルデンヌ兄弟の作風

もともとドキュメンタリー作品を制作していたダルデンヌ兄弟は、1978年ごろ
から数多くの作品を作っています。それらは、労働者階級や移民の生活、
土地整備や都市計画の問題など、社会的、政治的な内容を含んだ問題をテーマ
にしています。その視点は、その後の作品にも継承されており、厳しい社会の
現実やその中で暮らす労働者階級の生活がリアルに描き出されています。

それは、ときに悲惨に、ときに残酷なように見えますが、その苦悩や葛藤の
中に人間の真の姿が描き出されています。


■ 一見無造作に見えるカメラワーク

ダルデンヌ兄弟の作品を見てまず驚かされるのは、カメラと登場人物の距離
が異様に近いこと。「息子のまなざし」の冒頭、カメラは主人公オリヴィエ
の顔よりも、背中や後頭部を映している時間のほうが長く、カメラは執拗に
オリヴィエにつきまとい、彼の行動をつぶさに映しだしていきます。

こうしたカメラワークは、ドキュメンタリーのようなリアル感を出すため
一見、無造作に即興的に撮影されているような印象を受けます。

しかし、「息子のまなざし」のDVDに収録された監督と俳優のインタビュー
によると、この撮影は何回もリハーサルを重ねた上でのものであり、俳優
の立ち位置もカメラの動く位置、移動の流れなども事前に綿密に計算された
予定どうりの動きとのこと。

まるで即興的に撮影していったように見える一見無造作な動きは、より自然
に見えるように緻密に仕組まれていたものであることを知り、ちょっと驚き
ました。

撮影には、なんと13週間の時間がかけられており、シーンごとの緩急を
つけるため、同じシーンを違うスピードで撮影するなど、動きの違うパターン
を何テイクか追加撮影しているとのこと。そこまでしているからこそ、
主人公の日常をよりリアルに、より自然に映しだしているのかもしれません。


■ 排除されたナレーションと音楽

物語を伝えていく上で、まずその舞台や状況設定を観客に説明するため
「ナレーション」が挿入されることがよくありますが、ダルデンヌ兄弟の
作品には全くナレーションは存在していません。なので、観客が物語の設定
を知る手がかりは映像しかありません。その分、画面に集中せざるおえない
というわけです。

さらに驚くべきことに、「ロゼッタ」にしても、「息子のまなざし」にして
も、全く「音楽」というものが使われていません。物語が終わり、エンドロ
ールが流れるシーンさえも音楽はありません。

普段、我々の見ている多くの映画やドラマでは、シーンを盛り上げるために
音楽をつけたり、効果音を入れたりしています。それらの音響効果は映像と
同期して、シーンに何らかの意味と抑揚を与えていきます。

しかし、ダルデンヌ兄弟は、説明的な音楽をつけることを好まず、映像のみ
で物語を伝えていこうとします。そして、音楽や効果音を使わないことに
より、逆に生活音や車のエンジン音などのノイズ音が浮き上がってくるため
それらの音がより生々しい緊張感のある映像を作り出していきます。


■ ダルデンヌ兄弟の映像手法

ナレーションや音楽を排除することによって、観客は映像に集中します。
さらにセリフも最小限しかないとなると、残されたものはその映像と役者
の演技になってきます。

肉迫するような執拗なカメラワーク、そこに映しだされる役者の表情と肉体
が物語を語っていくことになります。この手法は役者にも相当な負担が
かかってきます。

「息子のまなざし」で、2002年カンヌ映画祭、主演男優賞を受賞した、
オリヴィエ・グルメは、DVDのインタビューでも、その苦労を語っていま
した。この物語の主人公は、ひじょうに複雑な状況に置かれているわけで
精神状態も不安定で、まさに挙動不信な男です。

さらに、もともと無口な男なので、その不安定な感情をセリフではなく、
肉体を通して表現しなくてはいけません。でも、オリヴィエ・グルメは
その難題を見事にクリアーして、｢体」で語ってました。

「息子のまなざし」を見た野田凪さんの感想の中で、

「後ろ姿だけで心の揺さぶりを表現できる俳優を初めて見た気がします。」
　http://www.bitters.co.jp/musuko/comment.html

というのがありますが、オリヴィエ・グルメはまさに「背中で」見事な演技
を見せてくれてました。役者の最高の演技を引き出すのも、監督との密接な
コミュニケーションがあってのことかと思います。

ラストシーンを見終わった瞬間になぜか、ふー、と息をついてしまったのは、
それまでいかに緊張して見ていたのか、ということに気がついた瞬間でも
ありました。知らないうちに物語に引き込まれてしまっていたようです。


最後に、ダルデンヌ兄弟の才能や「息子のまなざし」に対する評価は、さ
まざまなメディアの作品評をご覧になればご理解いただけるかと思います。

以下、一部抜粋しておきます。
----------------------------------------------------------------------
　　ダルデンヌ兄弟のリアリズムはすべてを溶かし込む。
　　どの要素も突出することはない。
　　ひとつが誤ればすべてが崩れ去るほどの、見事な均衡だ。 
　　　　　　　　　　　　　　　　カイエ・デュ・シネマ（フランス）
----------------------------------------------------------------------
　　持続し続ける密度、素晴らしいほどの厳格さ。
　　無駄な場面はひとつもなく、余計な言葉もひとつとしてない。
　　欠くことのできないものだけがある。 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　テレラマ（フランス）
----------------------------------------------------------------------
　　ダルデンヌ兄弟は、物事の表面を丹念になぞりながら、
　　深層に入り込む。日常のごく普通で何気ないしぐさを見つめながら
　　魂に触れる。そこにこの映画の不思議がある。 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ル・フィガロ（フランス）
----------------------------------------------------------------------
　　一切の無駄を排した、
　　信じがたいまでに倫理的・美的深みを持った作品。 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　エル・パイス（スペイン）
----------------------------------------------------------------------
　　http://www.bitters.co.jp/musuko/eigahyo.html より抜粋
----------------------------------------------------------------------

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■ ダルデンヌ兄弟　関連サイト
----------------------------------------------------------------------
「イゴールの約束」
　http://www.bitters.co.jp/filmbook/igr/igr_top.html　
　http://c-cross.cside2.com/html/a10i0001.htm
----------------------------------------------------------------------
「ロゼッタ」
　http://www.bitters.co.jp/filmbook/rst/rst_top.html
　http://corpus.pobox.ne.jp/contents/cine_journal/data/rosetta.htm
----------------------------------------------------------------------
「息子のまなざし」
　http://www.bitters.co.jp/musuko/
　http://www.diaphana.fr/lefils/
　http://www.miyadai.com/index.php?itemid=30
----------------------------------------------------------------------</description>
         <link>http://gselect.jp/history/2004/08/040820.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2004/08/040820.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Fri, 20 Aug 2004 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>keri noble「fearless」</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://gaucho.jugem.cc/?image=36" alt="" width="249" height="246" border="0">
keri noble 
<a href="http://www.toshiba-emi.co.jp/kerinoble/" target="_blank">http://www.toshiba-emi.co.jp/kerinoble/</a> 

1977年生まれのケリ・ノーブルは、ジョニ・ミッチェルの「ブルー」を聴き、音楽で想いを語ることに目覚める。作詞、作曲、ピアノ、ヴォーカルをこなす彼女の才能が、アレサ・フランクリンやチャカ・カーンを育てた名プロデューサー、アリフ・マーディンの耳にとまり、ノラ・ジョーンズの制作チームによるデビューアルバムがリリースされた。国内版は、2004/06/02にリリースされたが、彼女の才能に気がついている人がまだ少ないようで、音楽雑誌でもさほど大々的にはとりあげられていない様子。しかし彼女の楽曲の良さとヴォーカリストとしての力量が注目されるのは時間の問題で、口コミで少しづつ売れていくであろう。

とにかく、一度視聴コーナー で少し楽曲を聴いてみてほしい。シンプルなピアノの弾き語りの曲の穏やかさの中にある力強さや心に迫ってくる歌声。癒しというより、もう一歩進んだ音楽的力を持った楽曲群はデビュー・アルバムということは忘れさせてしまう完成度の高さを誇っている。

ケリ・ノーブル「フィアレス」Amazon オーダー
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000228WS8/gselect-22/ref=nosim/" target="_blank">http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000228WS8</a> ]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2004/06/keri_noble.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2004/06/keri_noble.html</guid>
         <category>02-音楽</category>
         <pubDate>Mon, 21 Jun 2004 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>作家性を超越するとき～エドワード・ヤン</title>
         <description>『映像作家研究ファイル』は、ブロードバンド時代に対応していくスキル
としての「映像表現」について探求していく企画です。

◆ アジアが誇る世界的名匠～エドワード・ヤン

■ 作家性の喪失

『人生で起こるいくつかのことは、数字の１＋２と同じくらいとても簡単で
　ある。私は1980年にフランスのリベラシオン紙が、カンヌ特集の付録として、
　世界中の映画監督達に問うたシンプルな質問を思い出す。
　「あなたは、なぜ映画を撮るのですか？」
　私の答えは、その質問と同じくらいシンプルだ。
　「多くを語らなくてすむから。」
　映画監督が語る最高の言葉とは、映画の表面でなく、多分、内側に存在する
　もののはずだ。この映画は人生における１＋２と同じくらいシンプルである。
　私はこの映画を見終わった観客が、まるでただの友達と一緒にいたかのような
　気分を味わって欲しいと思う。もし彼らが、「一人の映画監督」で出会った
　ような印象を持って映画を見終わったとしたら、私のこの映画は失敗作で
　あったと思う。』

上のコメントは「ヤンヤン　夏の想い出」について、監督のエドワード・ヤン
が2000年4月に、自ら語ったコメントです。
（「ヤンヤン　夏の想い出」の原題は「a one &amp; a two」）

このコメントをかなり深い意味を内包していると思いますが、
～「一人の映画監督」で出会ったような印象～　というのは、つまり
この作品が「映画監督エドワード・ヤンの作品」というような感想をもし観客
が持ったとしたら、失敗作である、と言ってるわけです。
これは、作家性からの脱却というか、自分の映像スタイルを捨てるという勇気
ある決断のもとに作られた作品ということになります。

これまでのエドワード・ヤンの作品といえば、
「恐怖分子」「クーリンチェ少年殺人事件」「恋愛時代」「カップルズ」
など、独特の映像センスと映像文法を誇るまさにエドワード・ヤン・スタイル
とでもいうべき傑作の数々でした。

では、どうして、エドワード・ヤンがそうした「作家性の喪失」という試みに
挑戦したかということです。これは、映画や映像のみならず、あらゆる表現手
段を考える上でもとても重要なメッセージのような気がします。


■ 作家性を超越する

映画や映像の本来の役割を考えてみると、なんらかの「情報を伝達すること」
ではないかと思います。それは、一般的には「物語」という形式を持って表現
されます。「物語」の中には、普遍的なメッセージや人間が大切にしなければ
ならないことなどが、さりげなく内包され、観る側との共感や同調によって、
ある種の情報として伝達されます。

しかし、その「情報を伝達する」場合の表現方法について考えてみた場合、
映像を作る作家側の「技術」のようなものが、「物語」の伝達の邪魔になる
こともあります。WEBサイトの場合も、サイトのイメージやブランドを伝える
ためのFlashムービーが、Flashのテクニックを見せるためのムービーになって
しまってる場合もあります。もちろん、そのFlashのテクニックを見たいアクセス
ユーザーもいるわけですが、それは多分、WEB制作者だけでしょう。
大半のアクセスユーザーは、WEBサイトになんらかの情報を探しに来ている
わけで、デザインやムービーの「技術」を見に来るわけではありません。
この問題は、むかしからよく議論になる話題ですが、デザイナーが陥りやすい
罠としての「デザイナーのエゴ」の問題です。


「ヤンヤン　夏の想い出」において、エドワード・ヤンは、自らの映像スタイル
を捨て、「物語」を語ることに専念しています。これまでのエドワード・ヤンの
ファンにとっては、この作品は今までのシャープに映像感覚や一瞬の狂気が爆発
するような衝撃的シーンはほとんどありません。「物語」は、家族におこる日常
的風景を 2時間53分、淡々と描いているだけです。

しかし、この作品を見終わったとき、わたしは、とても「幸福な気分」になり
ました。特に号泣するシーンや感動的なシーンがあるわけではないのですが、
抑制されたエドワード・ヤンの演出は、我々人間が生きるいく上で直面し、
葛藤することやその葛藤を克服していること、それ自体が生きている意味で
あり、人生は結果よりもプロセスであることを静かに教えてくれます。

「ヤンヤン　夏の想い出」は、3回観ても飽きないほんとにすばらしい名作です。
もし、この作品を観て何も感じなかった方は、もう一度自分の生活における
「時間の感覚」について考えて直してみる必要があるかもしれません。
多分我々は「時間を急ぎすぎて、本質を見のがしてしまった…」のだと思います。


■ つながりの発見

2000年1月より24回にわたって連載してきた『映像作家研究ファイル』は、
今回で一端終了とさせていただきます。WEB制作者がなぜ映画の解説を読まなけ
ればならないのだ、と怒って登録解除された方も多いかと思います。
しかし、2000年1月の段階でわたしがなぜ『映像作家研究ファイル』をスタート
させたかということは、今この号を読んで下さっている方は、なんとなく
ご理解いただけてるかと信じています。

ブロードバンド時代といっても、要はコンテンツなのです。
ブロードバンド時代のコンテンツを作るのは、映像制作者とWEB制作者になって
いくだろうと思います。しかし、WEB制作者は、もともとDTPのデザイナー出身の
方だったりプログラマー出身の方だったりして、映像文法や映像表現の技術的
側面というのは、ほとんど勉強されていないと思います。もちろん、わたしも
その一人です。しかし、ブロードバンド時代のコンテンツというのは、さきほど
もいいますが、「技術」ではなく「物語」を伝える「センス」だと思うわけです。

しかし「センス」を教えてくれる専門学校はなかなかありません。
「センス」は、もともと持っているものというより、自分で身につけるもので
あり、ある種の「ロジック」だと思います。さまざまな情報をサンプリングして
リミックスすること、それがまさに現在のエンターテイメントであり、メディア
表現だと思います。24回分の『映像作家研究ファイル』には、実はさまざまな
ヒントがパズルのように組み込まれてます。「センス」は直接的に表現するもの
でなく、「感じる」ものですから、わたしがなぜこの時期にこの映像作家を
研究していたかということは、時間がたってから、理解してもらえることでは
ないかと思っています。今一度、わたしが組み込んだパズルを探してつなげて
みて下さい。きっと、アッと驚くいくつもの発見があることでしょう。

糸井さんの対談本「海馬」の中に「つながりの発見」というフレーズがあります。
さりげない言葉に隠された言外の意味をくみとり、そこに流れる一貫性と関係性
を発見するのが、直感だと思います。そういう意味で、「センス」や「直感」も
実は、「ロジック」なんです。「つながりの発見」は「センス」と「直感」が
統合したときに起こります。そのためには、常に頭をクリアーにしておくことが
重要だと思います。

わたしはこれまであえて、自信なげにちょっと下手な文章を書いたり、あるとき
はややキツイ文章を書いたり、いろいろ実験してきました。ちょっとキツイ書き方
をしたときは、やはり登録者が減ります。あたりさわりのない書き方をすれば、
登録者は横バイです。わたし自身、登録者が増えても減っても特に気にしてない
のですが、自分の発信した情報がどこまで読者の方に伝わっているか、というこ
とは3年くらい前は結構気にしていました。でも、最近はそういうことがどうでも
よくなってきました。読者が自分をどうとらえようとも自分は自分なわけですし、
読みたくない人は読まないでしょう、わかる人だけわかってくれれば、それでい
いかなと思っています。読者を尊重するということは、そういうことであり、
情報発信側は、読者の気持ちを考慮しながらも、最終的には情報発信側の好きな
ように表現するしかないのです。これは「作家性の喪失」とは逆のことように
も思えるかもしれませんが、物事は常に二面性があり、視点を変えれば、善も悪に
転換するのと同様に矛盾したロジックにも、それなりの意味があるわけです。

WEB制作者は、これからの時代、とても重要な役割を担うことになるでしょう。
マスメディアに毒された大衆の頭脳を覚醒させていくのも、WEB制作者でしょうし
大きな力にインターネットが支配される前に、WEBサイトは真実を伝えるメディア
として、機能していく必要があると思います。それを実装するのが、WEB制作者
であり、時代を創り上げていくまさに「クリエイター」なわけです。
これからも、ネット上を飛びまわるカウボーイとして、ガウチョはマイペースで
活動していきます。皆さんも自分の本来の使命に気ずいて、自分がなすべきこと
を発見して、良質のWEB制作に励んで下さい。


■ 新企画スタート

2003年からは、「ショートムービー」に関する新企画をスタートします。
2年間の「WEB制作者のための映像制作入門／鑑賞編」も終了し、
いよいよ「WEB制作者のための映像制作入門／実践編」のスタートです。
WEB上でのショートフィルムやWEBアニメーションなどを鑑賞しながら、制作の
ヒントを探し出していければと思っています。どういう内容になるか、あまり
期待せずに待っていて下さい。

同時に「ショートムービー」に関するメーリングリストもスタートさせる予定
です。来年からは読者の方からの意見やフィードバックもお願いしたいと思い
っています。足かけ3年間、『映像作家研究ファイル』 にお付き合いいただき
感謝しております。

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★ エドワード・ヤン 関連サイト
----------------------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------------------
◆「ヤンヤン　夏の想い出」 （2000年／台湾）
┗ http://www.issey-ogata.net/YIYI/YIYI.htm
----------------------------------------------------------------------
◆ エドワード・ヤン監督インタビュー
┗ http://www.issey-ogata.net/YIYI/intv.htm
---------------------------------------------------------------------
◆ エドワード・ヤン作品ラインナップ
┣ http://www.stingray-jp.com/allcinema/prog/show_p.php3?num_p=7144
┣ http://www.mmjp.or.jp/BOX/database/edwardyang.html
┗ http://homepage1.nifty.com/sudara/yangroom.htm
----------------------------------------------------------------------
◆「海辺の一日」（1983年／台湾）
┗ http://www.gaucho.com/cinema/essay/1999/0430.html
　以前、WOWOWで放送されましたが、多分ビデオにはなっていなはず。
　なかなか観れない隠れた幻の名作。
----------------------------------------------------------------------
■ 今回のまとめ

・作家性の喪失は、表現者のエゴの崩壊でもある
・作家性を超越したとき、見るものの心に届く本当の表現が生まれる
・物事は二面的なものであり、論理の矛盾も受容すべきである
・物事の背後にあるつながりを発見したとき、アイデアは生まれる
・デザイナーは、表現の多様性を理解すべきである</description>
         <link>http://gselect.jp/history/2002/12/021220.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2002/12/021220.html</guid>
         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Fri, 20 Dec 2002 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>許しによる解放～ウェス・アンダーソン</title>
         <description>◆ 若き天才監督～ウェス・アンダーソン
┗ http://www.wesanderson.org/

今回は、「天才マックスの世界」「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の
ウェス・アンダーソン監督をご紹介します。
コラムの構成は「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の作品スタイルに合わせて、
章仕立てで進めていき、文体もなんとなく「である。」調にしてみました。

「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の関連情報は、下記サイト参照。
　┣ http://www.movies.co.jp/royal/
　┣ http://www.alc.co.jp/eng/eiga/ginmaku/htm/movie0209.htm
　┣ http://www.kobelco.co.jp/kobe/cinema/back/rtbaums_k.html
　┣ http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2909
　┗ http://www.walkerplus.com/tokushu/200209021/movie.cgi?movie_id=mo1508

----------------------------------------------------------------------
● 第一章　ウェス・アンダーソンについて

1970年生まれの、ウェス・アンダーソンは、これまでに３本の長編作品を発表
しているが、日本での知名度はまだまだ低い。

１．「Bottle Rocket～アンソニーのハッピーモーテル」（1996）
２．「天才マックスの世界」（1998）
３．「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」（2001）

デビュー作「Bottle Rocket」は国内ではビデオ未発売、「天才マックスの世界」
も劇場未公開でビデオリリースのみ、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」が
実は日本ではじめての劇場公開作品となる。

16ミリの自主制作の作品が偶然、名匠ジェームス・Ｌ・ブルックス監督の目に
とまったのをきっかけに、プロ・デビューすることになるが、業界内の評価は
ひじょうに高く、２作目の「天才マックスの世界」はビデオレンタル店などで
カルト的人気を誇っていた。
そして、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」が、2001年度アカデミー賞のオリ
ジナル脚本賞にノミネートされるなど高い評価と人気を得て、一躍世界的に注
目される映画作家になった。
ごくごく普通のルックス
　┗ http://www.wesanderson.org/photos/set/trt.html
をしながら、監督、脚本、製作（共同）まで手掛ける、今年でまだ32歳の若き
才人である。

----------------------------------------------------------------------
● 第二章　緻密なディテールにより構築された独特の世界観　

ウェス・アンダーソンの作風を、大まかに表現すると、映画史に残る数々の
古典的作品の手法や表現方法にオマージュを捧げながら引用し、物語の展開、
構図、音楽、衣装、小道具などの徹底した細かなディテールの積み重ねによっ
て、独自の世界観を構築している、という感じだ。

作風は、どちらかといえば、オーソドックスな正統派路線を継承しており、
悪意も暴力もほとんどなく、テーマはいつも「友情」だったり、「家族愛」
だったり、常に人と人との関係を描いている。

基本的にはコメディだが、シュールさやポップでキッチュな感覚もあり、
テーマの健全性も含めて、幅広い年齢層に訴えかける魅力を持っている。
すべてのカットが必然性を持つように緻密に計算され、小ネタも満載だったり、
あえて結論を提示しないようなオフビートな「はずし」や「裏切り」のセンス
にも光るものがある。

小ネタに関して具体的にいくつかあげると、
　・ダルメシアンのマウス
　・マーゴの指の秘密
　・赤いジャージを着ている理由
　・手の甲に埋まったＢＢ弾
など、いろいろあるが、これらが登場人物の性格や境遇を知る上での伏線的役
割として見事に意味づけられ機能している。

細かい部分を見れば見るほど、監督のこだわりや独特の世界観を構築するため
の緻密なディテールの積み重ねに気づかされる。以下、そのあたりこだわりや
ディテールの積み重ねについて、実例をあげて紹介していく。

----------------------------------------------------------------------
● 第三章　超一流のカメラマンによる家族写真

「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」のポスターやチラシの集合写真は、
リチャード・アヴェドンという有名なカメラマンの撮影によるものである。

アヴェドンは、カーター大統領の家族写真からウォーホルのファクトリーの
メンバーの集合写真など数々の名作を世に出している超一流のカメラマンだ。
ミリ単位で位置を指示していくアヴェドンの写真術に魅了されたアンダーソン
監督の希望で実現した、ひじょうに「高い」写真とも言える。

わたしは、この写真の中の「赤いジャージを着た妙な親子」を一目見ただけで
爆笑し、この作品がどうしても観たくなった。
http://www.musashino-k.co.jp/eiga/data/karite/theroyaltenenb.html
一体なぜ彼らはあんな格好をしているのか知りたくて …。

「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」のエッセンスは、ある意味この一枚の集合
写真に集約されていると言ってもよい。この作品がテネンバウム一家と、それ
をとりまく人々の物語であることは、このビジュアルから十分に伝わってくる。
「どこか変だけど、なんとなく面白そうな予感がする。」という、つかみは
ほぼ完璧に機能しているであろう。

----------------------------------------------------------------------
● 第四章　登場人物とキャラクター設定

物語のキャラクター設定を考えていく上でも、必要になってくるので、
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の登場人物を、ざっとご紹介しておく
ことにする。

○テネンバウム家
　・父　　……　ロイヤル　（ジーン・ハックマン）　
　・母　　……　エセル　　（アンジェリカ・ヒューストン）　
　・長男　……　チャス　　（ベン・スティラー）
　・長女　……　マーゴ　　（グウィネス・パルトロウ）　
　・次男　……　リッチー　（ルーク・ウィルソン）
　・孫１　……　ウージ　　　チャスの長男　　
　・孫２　……　アリ　　　　チャスの次男　　
　・愛犬　……　バックレー　
　・執事　……　パゴタ　　（クマール・パラーナ）　

○テネンバウム家の関係者
　・ヘンリー　……　エセルの再婚相手の会計士（ダニー・グローバー）
　・イーライ　……　リッチーの親友の作家　　（オーウェン・ウィルソン）
　・ラレイ　　……　マーゴの夫の神経学者　　（ビル・マーレー）

これらの、ある意味豪華なキャストによる個性豊かなキャラクターたちが
この物語をつくっていく。

物語は、「天才一家」と呼ばれていたテネンバウム家の栄光と挫折の歴史を
見事な語り口で見せたあと、20年以上も疎遠だった父ロイヤルが、部屋代の滞
納で住んでいるホテルを追い出されたことをきっかけに、もう一度家族みんな
で一緒に暮らそう、と持ちかけるところから展開していく。

----------------------------------------------------------------------
● 第五章　カルテット方式の人物配分

登場人物の多い作品の場合、通常は「群像劇」の形式で、登場人物を何組かの
グループに分けて、別々の物語を並行して進めていく方法をとる場合が多い。
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」の場合、脚本の段階で４人の人物をひとつ
のグループとした「カルテット」を意識した人物配分がとられている。

つまり、
［Ａ］ロイヤルをとりまく人々～妻の再婚話をめぐるゴダゴタ
　・ロイヤル　（夫）………　内心ヘンリーのことが気にくわない
　・エセル　　（妻）………　自分勝手なロイヤルにあきれている
　・ヘンリー　（妻の再婚相手）……　ロイヤルと正反対の誠実な男
　・パゴタ　　（執事）……　ロイヤルの手下的役割

［Ｂ］マーゴをとりまく人々～マーゴを愛する３人の男たち
　・マーゴ　　（養女の長女）…　本当は誰を愛しているのかわからない
　・リッチー　（次男）…………　養女のマーゴに想いを寄せている
　・イーライ　（隣人）…………　リッチーの親友だがマーゴとも浮気してる
　・ラレイ　　（マーゴの夫）…　愛のない結婚生活をなんとかしたい

［Ｃ］チャスをとりまく人々～赤いジャージの一家
　・チャス　　（長男）……………　妻の死がトラウマになっている
　・ウージ　　（長男の息子）……　父親にうんざりしながらも
　・アリ　　　（長男の息子）　　　けなげに従っている　　　　　
　・バックレー（愛犬）

のように、犬も含めてそれぞれ４人のグループで構成される人物相関により
軸となる物語をいくつかに分けて展開させていく構造をとっている。

また、ストーリーの状況に応じて、さまざまな別のカルテット

［Ｄ］おじいさんと孫との交流
　・ロイヤル　（祖父）
　・ウージ　　（孫１）
　・アリ　　　（孫２）　
　・バックレー（愛犬）

［Ｅ］父と３人の子供との関係
　・ロイヤル　（父）
　・チャス　　（長男）
　・リッチー　（次男）
　・マーゴ　　（養女の長女）

なども構成しながら、複雑な人間相関をいろいろな組み合わせで見せていく。
４人の人物を、人間関係の基本単位に設定して物語を構築している。

----------------------------------------------------------------------
● 第六章　すべてを受容する隠れた理解者の存在

主要キャストからはクレジットが外されているが、実はもうひとり重要な人物
がいる。ホテルのエレベーター係でロイヤルの親友役を演じているシーモア・
カッセルである。このシーモア・カッセルは、ジョン・カサヴェテス映画の名
優して知られているが、前作「天才マックスの世界」でも、マックスの父親役
の温厚な理髪師を演じている。シーモア・カッセルの役どころは、超わがまま
なでどうしようもないマックスやロイヤルの唯一の理解者でもあり、彼らがど
んなことをやらかしても、必ず最後は受け入れてくれ、助けてくれる救いの神
のような存在だ。

自己中心的な主人公が今まで生きてこれたのも、こういう温厚な理解者がいて
のことであり、アンダーソン監督がシーモア・カッセルをキャティングしてる
のも、カッセル自身がインディーズ映画界における隠れた功労者であることを、
役柄とダブらせながら、伝えようとしているようにも見える。
　
----------------------------------------------------------------------
● 第七章　内面を映し出すファッションとインテリア

キャラクターの性格や嗜好は、そのファションや部屋のインテリアからも
にじみでている。例えば、ロイヤルの３人の子供たちは、それぞれ

・チャス　　………　「アディダス」のジャージ　（赤）
・マーゴ　　………　「ラコステ」のワンピース　（ストライプ系）
・リッチー　………　「フィラ」のテニスウェア　（ホワイト系）

といったブランドの衣装を、劇中ほとんで替えずに登場している。
マーゴにいたっては、そのパンダメイクとラコステのワンピースは、子供時代
とほとんど同じ。それらのファッションは、彼ら彼女らが、ひとつのことに
執着しがちな性格であると同時に、子供時代から少しも成長できてないことを
暗示しているようだ。リッチーの部屋のテントやその中の小物も子供時代その
ままを今だに引きずっている、と同時にマーゴとの唯一の思い出の場所の再現
でもある。３人の「内面の孤独」がこうした細かい描写により見事に表現され
ている。チャスがいつも赤いジャージを着ているのにも実は必然的な意味があ
り、その背後には、悲しい妻の死が関係していることも次第にわかってくる。

目に見えない内面的なものが、目に見える外面的なものに反映されていること
を前提にして、それらを視覚化していくプロセスこそが映像表現の持つ役割で
あることを再認識させてくれる。

----------------------------------------------------------------------
● 第八章　許しによる解放

「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」は、よく「家族の崩壊と再生の物語」と
紹介されている。「家族の再生の物語」は、たいてい終盤近くで感動的な
シーンがあるだろうと予想されるわけだが、この作品で個人的にもっとも感動
的だったのは、やはり父ロイヤルと一番仲のよくなかった長男のチャスが和解
するシーンであろう。

愛犬バックレーを事故で失い悲しむ長男のチャスに、父ロイヤルが、たまたま
近くにいた「スパークプラグ」というヘンテコな名前の犬をプレゼントする
シーンだが、20年以上に渡って父親を憎んでいたチャスが、はじめて
「おとうさん、ありがとう」と言って感謝する。さんざん家族に迷惑をかけて
きたとんでもない父親なのだが、そういう欠点も含めて、そんな父親を
「許し」「受容」するシーンだ。と同時に、チャスの「許し」は、自分自身が
抱えていた父への怒りや憎しみ、妻の死に対する悲しみ、それらすべての重荷
からの「解放」につながることに、自らも気づくシーンでもある。
他人を許すことは、自分も許すことでもあり、それは「葛藤からの解放」
という「癒し」と「再生」を行なうための重要なプロセスでもあるのだ。

自分の身の回りで起こるさまざまな出来事は、自分自身の内面の反映であり、
人生の辛苦は自分の葛藤の原因に気づき成長していくために必要なプロセス
なのだ、そんな人生観がウェス・アンダーソンの作品から感じとれる。
「若き天才監督」と呼ばれるだけの才能あふれる映像作家であった。

----------------------------------------------------------------------
★ ウェス・アンダーソン 関連サイト
----------------------------------------------------------------------
◆ WESANDERSON.ORG
┗ http://www.wesanderson.org/
----------------------------------------------------------------------
◆「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」
┣ http://www.movies.co.jp/royal/
┣ http://www.alc.co.jp/eng/eiga/ginmaku/htm/movie0209.htm
┣ http://www.kobelco.co.jp/kobe/cinema/back/rtbaums_k.html
┣ http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2909
┗ http://www.walkerplus.com/tokushu/200209021/movie.cgi?movie_id=mo1508
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■ 今回のまとめ

・作品の世界観は、細かなディテールの積み重ねによって構築されていく
・キャラクターの描写は、物語を伝える上で重要な要素となる
・人を許し和解することは、受容であると同時に自分自身の解放にもつながる
・葛藤からの解放は、癒しと再生を行なうための重要なプロセスである
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         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Thu, 07 Nov 2002 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>伊藤俊人「ニュースの女」</title>
         <description>2002/05/29（水）
伊藤俊人「ニュースの女」（TV） 

わたしが、伊藤俊人という俳優の存在をはじめて知ったのは、多分「総務課長、戦場に行く！」（1994.8.12 放送）という三谷幸喜脚本の2時間ドラマだったと思う。彼はその作品の中で、ひじょうに人あたりが良く細かい気くばりをするホテルマン（ベルボーイ）というキャラクターを演じていた。その後、NHKで放送された三谷幸喜作・演出の舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」（1994.10.9 放送）でも、西村雅彦演じる舞台の裏方の助手という設定で登場し、表面的には人あたりは良いが、ちょっといいかげんな人間味あるキャラクターを演じていた。それ以来、一体、何本、彼の出演したドラマを見てきただろう。
「王様のレストラン」「ショムニ」「お水の花道」「古畑任三郎」「今泉慎太郎」…まだまだ数え切れないほどあるはずだ。 

「踊る大捜査線」の第2話では、和久刑事に恨みをもち爆弾を仕掛けた凶悪な犯人役も演じていた。しかし、最終回に再び登場し、真下刑事を撃った犯人を探し出す重要な証言をする改心した犯人として、悪人の中にもある善意を見せてくれた。 
「ニュースの女」での鈴木保奈美の運転手役も印象的だった。いつもは安全運転をしている静かでおとなしい運転手が、彼女の「急いで！」の一声でいきなり豹変して、車をぶっとばしたり、ニュースキャスターを辞めることになった彼女に最後のねぎらいの言葉をかける感動的なシーンとか、ホントに人のために尽くす人間の暖かさのようなものを見事に演じていた。 

伊藤俊人のもつ「善良な小市民」というイメージは、多分彼自身も実際持っていた面だと思う。「善良」がゆえに、その裏側にある抑圧された小市民の内面をデフォルメして、役柄に反映させていたようにも思う。こうした「善良な小市民」の二面性を見事に演じ分けることのできる役者は、そんなに多くないと思う。一番、近いポジションでこの二面性を演じることのできる役者は最近では、小日向文世くらいしか思いつかない。本当の意味での「善良さ」を持っていないと、その部分がにじみでてこないような気がする。 
本当に堅実でうまい役者だ、ということを多くの演劇人や役者たちファンの方々が評価してくれていたということは、彼にとって本当に幸せなことだったと思う。ファンの一人として、ご冥福をお祈り致します。そして、三谷幸喜さんに是非「役者・伊藤俊人」の生涯をドラマ化してほしいです。 

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         <category>03-TVドラマ</category>
         <pubDate>Wed, 29 May 2002 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>デイヴッド・リンチ「マルホランド・ドライブ」</title>
         <description><![CDATA[2002/05/20（月）
デイヴッド・リンチ「マルホランド・ドライブ」（CINEMA） 

地元の映画館のレイトショーで「マルホランド・ドライブ」を観る。 デイヴッド・リンチの作品は「イレイザーヘッド」以外は、ほとんどビデオで観てきたが、劇場で観るのは「ツインピークス」の映画版以来、実はこれが2回目である。しかし、リンチのような作品こそ、劇場で観るべきであることを再認識させられた。特に今回の「マルホランド・ドライブ」は音響面において、通常より音を3デシベルを上げて上映するように監督本人から映写担当者に指示書が出されていたらしく、映像と音響の相乗効果の持つ「力の場」のようなものをあらためて体感させられた。パンフレットの柳下毅一郎さんのコメントに『「マルホランド・ドライブ」は物語芸術ではなく、視覚と聴覚の芸術であり、限りなく抽象芸術に近い』 とあるが、まさにそんな感じがした。 

と同時に、物語の構造においても、ひじょうに緻密な伏線を配した、見事な構成であることが見終わったあとで、次第にわかってくる。ある瞬間において物語は唐突に反転し、「もう一つの世界」に変わっていく。どちらが「夢」で、どちらが「現実」かは別としても、それらの二つのパラレルワールドに我々の思考の二重性や二面性が反映され、それが統合されたとき、はじめてリンチの世界観の壮大さが伝わってくる作品 のような気がした。 

「マルホランド・ドライブ」は「一体この話はどこに着地するんだろう」という観るものにある種の混乱と疑問を与えるが、そういった予測不能な物語展開にこそ、我々の人生の不思議やスリルがあり、それを「映画」というアートで体感させてくれるデイヴッド・リンチは、やはり本物の芸術家である、と感じた。まだご覧になってない方は、そのうち発売されるであろうビデオやDVDでご体感下さいませ。その際、音量を少し上げ気味でご覧になることをおすすめ致します。 
「マルホランド・ドライブ」
　┗ <a href="http://www.mulholland.jp/" target="_blank">http://www.mulholland.jp/</a>]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2002/05/020520.html</link>
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         <category>01-映画</category>
         <pubDate>Mon, 20 May 2002 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>タデウス・ゴラス「なまけ者のさとり方」</title>
         <description>2002/05/17（金）
タデウス・ゴラス「なまけ者のさとり方」（BOOK） 

「なまけ者のさとり方」という本を読む。1988年初版なので、もう14年前の本であるが、ドイツ、フランスでも翻訳され、本国アメリカでは、50万部に達する長期的なベストセラーを続けている名著です。それにしても、「なまけ者のさとり方」とはうまいタイトルをつけたものだと感心する。人間って、どこかで自分のことを「なまけ者」だと自覚しているわりに、「さとりたい」というわがままな願望も持っていたりする。もし、怠けていても悟れる方法があるとしたら、それはひじょうに興味深い内容と思うわけです。 

というわけで、「なまけ者」のわたしくも思わず、そのタイトルにひきつけられ、Amazonでオーダーするに至ったわけです。とはいえ、この本は精神世界に関連する書籍の翻訳で有名な山川夫妻の翻訳本で、これまでにも何回か目にする機会もあり、必然的に今読むべきタイミングで出会った本のようにも思う。 内容的には、まさにわたしのような「なまけ者」でも、真実を理解していくプロセスをひじょうにわかりやすく述べてあり、ある種の「さとり」のような物事のとらえ方を見つけるための数多くのヒントを提供してくれます。 

まず、前提となる考え方として、『人間を含めた生命の基本的な営みは「拡張」と「収縮」の繰り返しであり、そのプロセスにおいて発しているある種の振動波としてのバイブレーションによって、その生命の状態が決まっている』ということで、自分の「意識」がどのバイブレーションのどの波長の状態であるかを知ることがポイントになる、とのことです。 

つまり、「意識」が「拡張」すればするほど、物事の見方は柔軟に広がり、「意識」が「収縮」すればするほど、物事の見方は狭く堅くなっていくという原理です。「意識」が「拡張」するにつれバイブレーションの波長は高く細やかになり、ほかのものとの抵抗や摩擦が減り、すべてのものと一体感が生まれる。それに対して「意識」が「収縮」するとバイブレーションの波長は低く粗くなり、物質的な「かたまり」としての抵抗や摩擦や圧迫感が生まれ、すべてのものとの隔離感が生じるということです。これは「意識」をある種の物理現象としてとらえた説明ですが、論理的にも納得のいくわかりやすい説明のよう思います。 

ほかにも、「構造体の法則」というものがあり、「構造体は構造体として完成したときに崩壊する」という原理があります。例えば、 「地上を支配した生物は絶滅する」 「権力は腐敗する」 「善人は若死する」 「細胞は2つに分裂する」 「天才は狂気に走る」 というように、物事は常に変化するもので、絶対の安定はありえない、ということです。そういった自然の原理・原則をふまえた上で、物事をとらえていくことが大切なのだと思います。 

ほかにも、いろいろ面白い考え方がいくつかでてきますが、この本の重要なポイントのひとつとして、何事にも「さからわないこと」というキーワードがあるようです。「意識」を「拡張」すれば、何事にも抵抗する必要のないことに気がつき、あるがままの自分やあるがままの社会をオープンに受け入れることができ、人や社会を多面的にとらえ、そのままを愛すれば、心に平和と幸福が訪れるようです。是非そういうふうに、悟ってみたいものですね。 
「なまけ者のさとり方」

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         <link>http://gselect.jp/history/2002/05/020517.html</link>
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         <category>05-書籍</category>
         <pubDate>Fri, 17 May 2002 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロイ・エアーズ「ROY AYERS for Cafe Apres-midi」</title>
         <description><![CDATA[2002/04/28（日）
ロイ・エアーズ「ROY AYERS for Cafe Apres-midi」（CD） 

ロイ・エアーズの「ROY AYERS for Cafe Apres-midi」のCD届く。 友人のslickさんのオススメということでアマゾンでオーダーしたが、 コレがまた1曲目から鳥肌もの。クールでゴギゲンなサウンドを聴かせてくれてます。 ロイ・エアーズは、70年台に活躍した黒人ヴィブラフォン奏者ですが、 ヴィブラフォン自体の楽器の響きがひじょうに美しく、聴いてて心地良いです。 クールなジャズ好きの方はもちろんのこと、疲れているあなたにもオススメの1枚です。 

「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000060N97/gselect-22/ref=nosim/" target="_blank">ROY AYERS for Cafe Apres-midi</a>」

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000060N97/gselect-22/ref=nosim/" target="_top">ロイ・エアーズ・フォー・カフェ・アプレミディ</a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000060N97/gselect-22/ref=nosim/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/418BT51F3KL.jpg" alt="ロイ・エアーズ・フォー・カフェ・アプレミディ" border="0" /></a>

]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2002/04/020428.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2002/04/020428.html</guid>
         <category>02-音楽</category>
         <pubDate>Sun, 28 Apr 2002 21:40:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ダフト・パンク「ディスカバリー」</title>
         <description><![CDATA[2001/03/12（月）
ダフト・パンク「ディスカバリー」（CD） 

2001年3月10日は記念日です。
それは、フランスのテクノ・ユニット『ダフト・パンク』のアルバム
「ディスカバリー」
が日本先行発売された日だからです。 

わたしはこれまでダフト・パンクの存在も知りませんでしたが、雑誌「CUT」3月号で宇野さんというライターの方がこの「ディスカバリー」を称して、「すべてのポップミュージックは、この音にひれ伏す。」さらに、つづけて「最初に通して聴いたとき、冗談抜きで吐きそうになった。これまで音楽を聴いて、それがあまりにもよくてわけわからずおお笑いしたり泣いたりしたことはあったけど、吐きそうになったのは初めてだ。」とまでコメントして いる。つまり、それくらいスゴイ音楽を聴いてしまった、というショックを裏返した表現だったのだ。それを読んだとき、そんなスゴイ音楽が本当に存在するのかよ、と一瞬疑った。しかし、それは実際に「ディスカバリー」を聴いてみないとわからない。 

そう思い、発売当日の3月10日、近所のツタヤで「ディスカバリー」を購入した。CDのパッケージが松本零士のイラストなのですぐに発見できた。1曲目の「ONE MORE TIME」を歌詞を見ながら聴いたとき、正直言って、涙がでてきた。その理由は明確には説明できないが、何かスゴイものに出会ったときの感動というか、大いなる意志をそこに感じたからだ。ガウチョさん、完全にイッチャってるね、と思われてる方もおられるかもしれませんが、そこには完璧な音楽が存在しています。 

バッハたちが創りだした古典音楽が、ジャズ、ソウル、ポップミュージック、ヒップボップと現代まで、時代の流れとともに、さまざまなスタイルに変化してきました。ダフト・パンクの音楽は類型化するとしたら、フレンチ・テクノと言われるある種のダンス・ミュージックかもしれませんが、「ディスカバリー」に存在しているのは、バッハ以来、受け継がれてきたこれまでの近代音楽の要素がすべてリミックスされ、21世紀という時代の幕開けともに必然的に登場した「音」なのです。 

そして、もう一つ注目すべきこととして「ONE MORE TIME」のビデオクリップ
があります。これは日本が誇る松本零士とのコラボレーションによって創られたものですが、そこにはまさに完璧なる「音楽と映像の調和」が存在しています。松本零士のアニメーションを知っている人は理解できると思いますが、ダフト・パンクの今回のアルバムのメッセージを的確に表現できるのが、まさに松本零士の世界にある「世界平和の世界観」なのです。「世界平和」なんていうと、オーバーなように思われるかもしれませんが、今の時代は決 して平和な状態ではないことは皆さんもよくご存じです。人々は争い、国どうしや企業どうしが無益な戦いを続けている。そんな中で暮らしていると、人間の身体も心も疲れはて魂のレベルまで傷ついてしまっています。世の中の人の多くが急速な社会の変化に疲れて果て、ほぼ80%の人が「癒し」を必要としているため、ヒーリングミュージックや癒しグッズが売れています。 

しかし、いつまでも癒されていては、人間の進化はありません。いってみれば、今の「癒し」ブームというのは、単に失ったエネルギーを回復するためのエネルギー交換にすぎません。もちろん「癒し」は無駄なことではありません。しかし、次の段階として考えるべきことは、我々に癒されなくてはいけない状況を創りだしてしまっている根本原因の解決策です。多くの人はそれを「人間の意識改革」だと解説しています。 

では、その「人間の意識改革」とはどうやったら、できるのでしょうか、宗教?、科学?、政治?、どれでもありません。唯一残された手段は「芸術」です。もう少しはっきり言うと今の人々の心と魂にもっとも訴えかける音楽と映像、つまり、今回、ダフト・パンクの「ディスカバリー」がやろうとしていることがまさにそれだと思うわけです。つまり世界を救えるのは、「芸術」であり、今の時代にもっともフィットしたスマートな形態は「音楽と映像の融合」だったのです。 

さらに、ダフト・パンクの「ディスカバリー」ではもう一つの革命を仕掛けています。それは、音楽配信のスタイルです。

著作権を無視したMP3配信などのデータ交換システムの出現は、クリエイティブな仕事をしている人にとっては、死活問題です。音楽にしても、映像にしてもクリエイターは通常の仕事に使うエネルギー以上のものを投入して創りだしているはずです。そこには、単なるビジネスという領域を越えた「自己に存在する魂の分身創造」という作業が行なわれています。そんなクリエイターの「魂の結晶」を無料で楽しもうなんて、発想はまったくもってクリエイターの仕事の価値を無視した発想です。 

90年代になって、急に60年代、70年代の音楽やファッションのスタイルが復活してきたのは、必然的な流れだと思います。つまり、当時の音楽やファッションには「魂」が残っていたのです。その深層部分の力に魅力を感じたクリエイターたちがこぞって70年代に回帰したという時代構造を創りだしてたのだと思います。 

話はとんでもない方向までづれてしまってますが、とにかくダフト・パンクの「ディスカバリー」はまさに21世紀に登場するであろう何人かの救世主の一人としての役割を果たす重大な事件なのです。 

◆ DISCOVER THE DAFT
┗ <a href="http://www.toshiba-emi.co.jp/daftpunk/" target="_blank">http://www.toshiba-emi.co.jp/daftpunk/ </a>

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000059MEK/gselect-22/ref=nosim/" target="_top">Discovery</a>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000059MEK/gselect-22/ref=nosim/" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/210AETN5YXL.jpg" alt="Discovery" border="0" /></a>

]]></description>
         <link>http://gselect.jp/history/2001/03/010312.html</link>
         <guid>http://gselect.jp/history/2001/03/010312.html</guid>
         <category>02-音楽</category>
         <pubDate>Mon, 12 Mar 2001 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
      
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